こころのアトリエ Flourish

逆境さえ栄養に、豊満に瑞々しく花開くあなたへ。Healing×Counseling×Artsで、痛みを愛し、あなたらしさが輝きをます時間を後押しします。

震災と、復興活動を経て見えたライフテーマ - 痛みのケア×自立系支援者のケア×無価値感からの脱却

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こんばんは。

春風サロンの高橋です❤️

さて、最近ふりかえりをしてみているなかで

wakana127.hatenablog.jp


あっ、と5年越しに気づいたことがありましたので
個人的な話で恐縮ですが、
よろしければおよみください。


ちょっと、痛いとか傷とかたくさん書いてて
あれですが
すみません(笑)


🌸🌸🌸


震災を機に、復興のしごとをやっていて、最近改めて気づいたのが、

痛みのケア×自立系支援者のケア×無価値感からの脱却、が、じつは震災前からのわたしのテーマっぽいんですよね。

ケアというと、なんだかおこがましいですが、
癒したり、学んだりして、主体を取り戻すことをわたしはイメージしています。



みやぎに来る前に、いろいろな立場の人のお話をきいたり微力な自分なりに、携わり方があるのかなど
考えてたとき、ふと部屋で、

なんでこんなにこの震災が
わたしは痛いのかな、なにが傷口なのかな。


って、思ったときがあるんですよね。

わたしの地元は、原子力災害の影響が大きかったのですが

目に見える被害ではなかったのと、
避難も指定区域ではなかったために
土地を離れるか離れないかや
安全とするかしないかは
市民にある意味委ねられていたんですよね。

ですから、よけい、痛みというか
震災への感じかたや捉え方も、多様に感じられたんです。



なので、自分自身のなかに
なにか、ひっかかる土壌があるのかも、と
少し思い付いたんですね。


「本当は震災はきっかけであり、
この痛みのもとがあるかもしれない。
それは忘れないでいた方がいいかも。
いまはなにかわからないし、そうじゃないかも
しれないけれど。」

と、ベッドの上でぐるぐるしながら
考えてたんですが、

最近になり、その痛みのルーツかもしれないこと
が分かった気がします。

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わたしの場合は

祖父(あいまいな喪失の痛み)や、
両親(自立系支援者のケア)、
そして祖母と幼い頃の自分(無価値感からの脱却)へのまなざしですね。


でも、痛みはわたしは悪いものじゃないと思うんですけどね。


なぜなら、そこにわたしらしさや感性があるから。


歯と同じで、痛いものは
痛いけど(笑)

痛いということは血が通っているからで
あたたかいものが、したにはあるからです。


🌸🌸🌸

お読みいただきありがとうございました❤️

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